TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

問題の本質は、我国が交渉参加を表明したあとに交わされた佐々江駐米大使とマランティス通商代表代行の書簡にある、「これらの成果が、法的拘束力を有する協定、書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段を通じて、両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します。」という合意だ。これはおそらく、GATTという規定のない場で話し合われた合意を、一方的に日本国内法改正で施行しようという日米両国の合意だが、これは我国の憲法で規定されている手続きをすっ飛ばして、法的拘束力を持つ約束をしようという違憲行為だと断定しておこう。

TPPの定義

Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement または、Trans-Pacific Partnership、日本語訳では環太平洋経済協定、環太平洋連携協定、環太平洋経済連携協定、環太平洋パートナーシップ協定、略語はTPP は、WTOが規定する地域貿易協定(RTA: Regional Trade Agreement)であり、地域貿易協定をさらに細分化すると、自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)と関税同盟(Customs Union)がある。前者は後述するが、後者の代表はEUとなる。

自由貿易協定には域外協要件(GATT 第 24 条第 5 項(b))として関税その他の通商規則に関し域外に対して障壁を高めないこととされ、また、域内要件として同条第8項(b)において、域内の原産品の「実質上のすべての貿易」について関税その他の制限的通商規則を撤廃することが求められている。

関税同盟については、域外要件として、自由貿易地域と同様に域外に対して障壁を高めないことに加え、GATT第24条第8項(a)(ii)により、域外に対し実質的に同一の関税その他の通商規則を適用することとされている。また、域内要件として、同項(a)(i)において、関税その他の制限的通商規則を域内の「実質上のすべての貿易」において、又は少なくとも域内原産品の「実質上のすべての貿易」について撤廃することが求められている。

地域貿易協定の開発途上国間協定には授権条項に基づく特則が存在する。授権条項先を詳述しないが、締約国は GATT 第 1 条の規定に関わらず、異なるかつ、一層有利な待遇を他の締約国に与えることなしに、開発途上国に与えることができるというものだ。当然日米を含むTPP交渉は先進国と先進国・開発途上国間の規則であるので、GATT 第 24 条第 5 項(b)及び8項(b)に拘束されることになる。TPPとはガット1条の例外でありガット24条を根拠として交渉されるWTO体制の例外である。(出典、経済産業研究所上野 麻子、地域貿易協定による関税自由化の実態とGATT第 24 条の規律明確化に与える示唆

なぜ再び地域同盟が盛んになったか

TPPを比喩するのに使われる「聖域なき関税撤廃」はじつはガット24条で規定される「実質上の関税撤廃」に対する言葉だ。24条は「実質上の関税撤廃」と「妥当な期間内でのその施行」を条件に個別に協定を結ぶことを認めている。もともと世界自由貿易体制は、過去の通商同盟や関税同盟がブロック化したことが、大戦争の要因であった反省にたって、逆に個別の同盟関係を否定することで、平和を実現しようとした体制であった。IMF、世界銀行、ITOという3つの組織を立ち上げるはずだったが、ITOはアメリカ政府が推進しながら、自国の議会の抵抗にあい頓挫、長らくGATTとして交渉してきた結果、1995年にWTOとして実現した。しかし先進国内の産業間の調整や先進国と後進国の調整に難航して、2000年以降から交渉が停滞し、2011年以降は凍結のまま交渉の見通しはたっていない。

グローブ(地球規模)な自由貿易体制確立を目指していたアメリカ政府及びWTOを構成ししている先進国は、WTOの枠組み内であれば例外的に地域的な自由貿易圏、つまり通商同盟を認めることで、停滞するWTOのラウンドから、一定地域を切り離して個別に自由貿易体制を確立する戦略に切り替えた。それがFTAやTPPなどの地域貿易協定だ。FTA(2国間)やTPP(ある一定地域の多国間)の自由貿易協定への参加する場合、WTO構成国である我国はGATT24条に規定に拘束されることになる。

10%以上と10年以下の交渉

先にも説明した通りGATT24条が規定するところは、関税その他の制限的通商規則を「実質上のすべての貿易(substantially all the trade)」について「妥当な期間内(within a reasonable length of time)」に撤廃(eliminated)し、また域外国に対して関税その他の貿易障壁を高めてはならないとされているが、「実質上のすべての貿易」等の定義は明文上明らかではない。(出典、経済産業研究所上野 麻子、地域貿易協定による関税自由化の実態とGATT第 24 条の規律明確化に与える示唆)つまり「実質上」の「妥当な」という副詞句の明確な定義がなく、それぞれ国が思惑によって、いいように解釈しているのが現状である。

条文解釈の事例としてWTOの委員は、「実質上の」という文言の解釈についてWTO加盟国は合意に達していないという。しかしながら「実質上のすべての貿易」は全て(all)の貿易ではないにせよ、ある(some)貿易よりもかなり多いもの(considerably more than merely some of the trade)であることは明らかであるという見解を示している。全てではないというのは例外は認めるが、限りなく全てに近い品目だという意味だろう。また実質的には質的側面と量的側面が包含されると解釈されている。

では我国は「実質上」にどのような解釈をおこなったのだろうか。2005年に日本が提示した文書では、多くのWTO加盟国は、少なくとも貿易額の 90%を対象とする関税の撤廃が必要であり、かつ主要な分野の除外は許されないという一般的な理解の下、地域貿易協定の交渉を行っていると指摘し、また、量的側面のみならず質的側面についても評価する必要があると述べている。この見解は主要な分野の除外は許されないという一般的な理解とともにEUも示している。我国は「実質上」という言葉に90%という数値で解釈するとしている。

一方「妥当な期間」とは、「1994 年の関税及び貿易に関する一般協定第 24 条の解釈に関する了解」において、例外的な場合を除くほか、10年を超えるべきでないとされ、10年を超える期間が必要な場合にはその必要性について十分な理由を説明しなければならないとされている。TPPの交渉でも関税を撤廃する期間が10年以上になる場合はGATT24条違反となる。

まとめ

TPPがWTO・GATTの枠組み内で交渉されるのであれば、我国はむしろ積極的に参加する必要があるのではないだろうか。我国はWTO構成国の中で積極的に発言してきた背景もある。また「実質上」と「聖域なき」という言葉の違いはあるにせよ、「すべて」ではない量的質的関税撤廃は、「例外はある」ということと同義であるから、農業関係者の懸念、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの聖域5品目も10%の枠内に入る可能性は十分ある。しかし24条以上の規定で採択されるのであればやはり十分な情報公開が必要だろう。しかし法的拘束力があるTPPよりも問題は同時進行されるという並行協議で話し合われる非関税障壁撤廃交渉だろう。

2013年4月佐々江駐米大使の書簡に、「これらの非関税措置については、両国間でのTPP交渉の妥結までに取り組むことを確認するとともに、これらの非関税措置について達成される成果が、具体的かつ意味のあるものとなること、また、これらの成果が、法的拘束力を有する協定、書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段を通じて、両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します。 」

これに対しマランティス通商代表代行は、「両国政府は、TPP交渉と並行して、保険、透明性/貿易円滑化、投資、知的財産権、規格・基準、政府調達、競争政策、急送便及び衛生植物検疫措置の分野における複数の鍵となる非関税措置に取り組むことを決定しました。中略 両国政府は、これらの非関税措置については、両国間でのTPP交渉の妥結までに取り組むことを確認するとともに、これらの非関税措置について達成される成果が、具体的かつ意味のあるものとなること、また、これらの成果が、法的拘束力を有する協定、書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段を通じて、両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します。」と返信している。

WTO・GATTでも規定のあるこれらの非関税障壁撤廃交渉を、規定の存在しない日米平行協議で交渉して、それをTPPというWTO・GATTの例外として、その規定内で採択される協定と条約ではなく、協定や書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段という法的拘束力をもって実施されるということは、条約交渉手続きを経づして条約を締結するに等しい、つまり日本国憲法に規定される手続きを経づして、国内法を変更するような、WTO・GATTよりハードルの高い法的拘束力の有る約束することは違憲立法行為だと断言できる。

つまりTPPが遡上に上がった初期、早期交渉参加を主張した官僚やそのOB達は2国間協議で話しあわれていた項目を、TPPの遡上にあげようとしていた。それを世論は「国賊」と罵ったわけだが、実は彼らは軍事力を背景にゴリ押ししてくるアメリカ政府に一矢報いるためにはWTOのラウンドで何も決められないアメリカ政府と同じ土俵にあげようとしたことがわかった。彼らは国賊ではなく愛国者だった。

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