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8月, 2013の投稿を表示しています

台頭するリベラリズム ―国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

TPPを締結できるか ―日本国憲法から考える

日本国憲法はその制定過程に疑義があるが、陛下の御名御璽のもと、施行されたのであるから、現在の政府はそれを遵守しなければいけないことは当然だ。しかし今回TPPについての議論を憲法の論点から整理をしながら思うことは、憲法を国会議員が全く意識していないし、ましてや遵守など微塵もされていないことに愕然とする。条文は、
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。 つまり、政府関係者は尊重擁護する義務があるのだが、自らの権限範囲つまり既得権擁護の議論にしか終始していないことには悲しみを覚える。

まとめ ―合衆国憲法及び合衆国国内法とTPP

以下はTPPってなに?でリアルジャーナリスティックに議論を展開される石塚幾太郎さんが作成した、TPP交渉にあたって関係する米国憲法及び国内法の関係とその成立過程をまとめたものだ。(一部URL表示をリンクに取り込んだ)

電力会社国営にすべし ―電力会社はすでに違法状態である

原子力発電事業は実はもう破綻していて、ケンシロウ風に言えば「お前はもう死んでいる」ということになる。東京電力は正式名称東京電力株式会社という。つまり有限責任法人、営利企業といふことだ。原子力基本法には、民主的な運営という文言があるが、大株主が合法的に支配できる株式会社が民主的な運営なのかという疑問が残る。また、今回の事故でもそうだが、政府が損害を補填しなければならない営利法人とはなんなのか。そこで先に紹介した原子力損害の賠償に関する法律から再度検証してみよう。第3条に、

国際法では戦争は「罪」ではない ―反対派の暴論

憲法9条改正が現実味を帯びてきた昨今、9条と戦争にまつわる論考が各所で盛んだ。先だっては松本、北村両氏の歴史認識に意義を申し上げたが、今度は田原総一朗氏が、安倍総理が「侵略の定義はまだ定まっていない」という発言にワシントン・ポスト紙が「歴史を直視していない」と批判し、同様にイギリスフィナンシャルタイムが 「支持率の高さを受け、本性をのぞかせた」 と「経済政策に集中すべきだ」と苦言を呈したことについて、

TPPとはなにか ―GATT・WTO体制から考えるTPP

TPPというのはWTOが認めるGATT体制の例外で、自由貿易協定や関税同盟などの地域貿易協定のことだ。そのことについての議論が国会の場でもあまりされていないように思う。おがた林太郎元衆議院議員のブログそもそもFTAとはというエントリーがあり、自由貿易協定の根拠はガット24条だということを知らない議員が多いと指摘している。

正しいTPP止め方 ―違憲立法審査権

すでに交渉が始まって年内目標に妥結といっているにもかかわらず、議会もマスコミも巷間も内容ばかりに注目が集まつているように思う。条約が我が国の法律にどのような影響があるのか、その法律は違憲立法ではないのかの議論が不可欠なのだが。本来なら国会の場で行われるべき議論だがやってみよう。まず条約が効力を発行するためにはどのような手続きが必要になるのだろうか?
条約が多国間でありまた、我が国が外交に配慮して事前承認の手続き採用することを前提にすると、採択→署名→国会への提出→国会の承認→締結→効力の発生すなわち拘束の同意となるだろう。前稿で憲法違反な条約は無効といったが、それは我が国憲法に違反する立法は無効だということだ。違憲立法審査権は我が国では憲法81条によって最高裁判所に委託されている。
第81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。 違憲立法審査(他に違憲法令審査、法令審査、司法審査)権は19世紀初頭アメリカで始まったと制度とされている。なぜアメリカかというと、19世紀ヨーロッパは議会の世紀とよばれ、議会の権威が高く国民の信頼を得ていた。よって裁判所による違憲立法審査という制度は存在し得なかったのである。議会による立法が人権侵害を引き起こしたファシズムの教訓から第2次大戦後立憲諸国が採用したことが契機だ。

違憲審査には狭義に付随的違憲立法審査と憲法裁判所制、前者はアメリカ型と後者をドイツ型と呼れている。アメリカ型とは通常の裁判所が具体的な訴訟事件で手続き中、その訴訟の判決に必要な限りにおいて、違憲立法審査権を行使する制度をいう。アメリカ型は第一義的に個別の憲法上の権利救済であり、それを通じて憲法規範の客観的保障もされる。ドイツ型とは憲法裁判所が、違憲立法審査を通常の訴訟事件とは離れて抽象的に法令や国家行為の違憲審査を憲法裁判所が行うものである。憲法裁判所制は第一義的に憲法秩序の保障審査を二義的に基本権の保護機能を果たすことになる。では我が国はどちらに属すのか?

学説を調べると、最高裁判所にドイツ連邦憲法裁判所のような抽象的違憲立法審査権が与えられているか、それとも通常の訴訟事件解決に必要な限りでの審査権なのかという論点でまず通説はアメリカ型の付随的違憲立法審査権限にとどまるというものだ。さらに…

正しいTPPの止め方 ―条約承認の手続き

もはや原発もTPPも国民感情は否定的である。安倍総理は、にも関わらずそれらをやめると云へないことに深く敬意を表する。しかし双方とも安倍総理にしか止めることも止めることも出来ないのだから、決断は早いほうが国益になる。

正しい原発の止め方 ―原子力基本法

左翼運動、例えば成田闘争、反原発脱原発運動や在日米軍基地反対もそうだが、空港や原発、基地をなくすことが目的ではなく、そのイシューで民意を得て日本を転覆させることが目的であるから、彼らに任せておいては、それらは無くならないだろう。彼らにとって問題があることが大事なのだ。タイガースがジャイアンツがあるからこそタイガースであるように、原発や沖縄の基地が存在してそれに反対することが彼らの手段なのだ。

これから私が提案する原発廃止する方法は、期間を区切って全廃することを目的としているので実効的かつ現実的である。デモ行進もいらない、幟もスロー ガンもいらないし、余計なことはしない。左翼運動家やプロ市民というのは政府の陰部を(必要悪)市民感情に訴えて、それを糧にして生活しているのであるから、その陰部が なくなることを最も恐れているのだ。沖縄の基地も本当に基地がなくなっては運動自体が終息するのだから、それこそ栄養失調になってしまう。