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9月, 2013の投稿を表示しています

あまちゃん深読み ―原発事故被災者を逆なでする人達

9月28日NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」が最終回を迎えた。少し寂しい気がするのは私だけではないだろう。ショートコントの継接ぎのようだったので、若干辻褄が合わないところや、「そんな簡単じゃねぇだろう」というところもあったが、毎日放送が待ち遠しいくらい楽しみに観た。

育メンのためのアドバイス ―知っておくと便利な育児の智恵

其の一
赤ちゃんの入浴は最初の1カ月はベビーバスや洗面所で行います。顔や体を拭いてあげる時はぬるま湯に浸したガーゼを使い優しく拭いてあげま しょう。大人用の石鹸は刺激が強すぎますので最初のうちはお湯だけで洗い、石鹸を使う時はベビー用石鹸を使ひましょう。へその緒が取れるまで1~2週間か かりますのでそれまではへその緒の周りは刺激しないようにしましょう。

予期しない妊娠の怖さ ―ダイエットはやめなさい!

子どもがほしいという人は男女を問はず多い。しかし結婚をするということには様々なハードルがあって、なかなか踏み切れないという人も少なくない。よつて妊娠をきっかけに結婚をすることも昨今ではむしろ主流になつている。これは別に悪いことではないと思う。ご両親にしてみれば釈然としないこと はあるやもしれないが、子どもを授かるということはある意味特別なことなので、それはそれで大事にしなければならない。男女が知り合ひ恋 愛してそうなることはむしろ自然なことだ。


東京都内でお寺を開院されているご僧侶の話だが、東京大田区にあるそこには、場所がらか水子供養にくるご夫婦が多いと云う。多くは普通のご夫婦な のだが、十代のカップルもいると云いう。普段あまり信仰とは縁遠い現代の若者でも「命」に関することに直面するとやはり頼るのは宗教と云う事になるやうだ。

供養と同時に説教もするのださうだが(説教というのは法話のことで叱りつけるわけではない)、女性は涙を浮かべながらしっかりと話しに耳を傾け るのだが、男性はそうではないことが多いらしい。実際に体と心に痛みを伴うのは女性だということだろう。その十代の女性の多くが妊娠の兆候に気が付かず4ヶ月5ヶ月になっていることがあると云う。さきにできちゃった婚が悪いわけではないとはいったが、問題は胎兒に与える危険リスクが妊娠を望んでできたケースと比べ大きいのが問題なのだ。

現在では胎児の状況を月周期という単位で管理していて1週間を7日、 2ヶ月を28日で数える。妊娠前の月経開始日を0週0日として起算する。月経周期には、個人差があるのではっきりとは云へないのだが、概ね最初の2週 は妊娠していないことになる。受精してから2週で早い女性は次の月経期が来るのだが、妊娠していれば当然生理は来ない。

体が熱っぽい、乳房が腫れぼったい感じがする、胃がムカムカする、歯茎がキリキリする、眠い、感情の起伏が激しくなるなどの症状があるのだが、 妊娠を望んで準備している場合は、すぐに妊娠を疑うだろう、そうでない場合は単に「生理が遅れているのかな?」となる。そして次の月も生理 が来なければちょっとは妊娠を疑うことになるだろうが、この間胎兒は(正確には10週目未満までは胎芽と云う)どれくらい成長するか知っているだろうか?

卵子が精子と受精すると結合体と云う一つの細胞になる。排卵1日目には2つ…

TPPを批准締結する条件を考える ―我が国には自由貿易体制が必要

私はTPPに反対をしていない。現状は「憲法違反の疑義がある条項があるので批准できない」としている。この両者の態度は大きく違う。反対する人にはそれなりの意見がある。それを抽象的に表現すると「国益を毀損する」ということだろう。安倍首相も「国益を見極めて交渉する」と明言しているが国益に関しての言及はない。

婚外子差別は違憲 ―法の下の平等と家庭

婚外子の相続差別は違憲 「確定事案に影響せず」 最高裁初判断 2013.9.4 婚外子の出生数や離婚・再婚件数の増加など「婚姻、家族の在り方に対する国民意識の多様化が大きく進んだ」と指摘。 法律婚という制度自体が定着しているとしても「子にとって選択の余地がない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されず、子を個人として尊重し、権利を保障すべきだという考えが確立されてきている」とした。

要約版 通州事件体験記  ―気の弱い人は讀まないでください

日本人皆殺しの地獄絵 そしてあれは七月の八日の夕刻のことだったと思います。支那人達が大騒ぎをしているのです。何であんなに大騒ぎをしているのかとTさんに尋ねてみると、北京の近くで日本軍が支那軍から攻撃を受けて大敗をして、みんな逃げ出したので支那人達があんなに大騒ぎをして喜んでいるのだよと申すのです。私はびっくりしました。そしていよいよ来るべきものが来たなあと思いました。でも二、三日すると北京の近くの盧溝橋で戦争があったけれど、日本軍が負けて逃げたが又大軍をもって攻撃をして来たので大戦争になっていると言うのです。こんなことがあったので七月も半ばを過ぎると学生達と保安隊の兵隊が一緒になって行動をするので、私はいよいよ外に出ることが出来なくなりました。この頃でした。上海で日本人が沢山殺されたという噂がささやかれて来ました。済南でも日本人が沢山殺されたということも噂が流れて来ました。蒋介石が二百万の大軍をもって日本軍を打ち破り、日本人を皆殺しにして朝鮮を 取り、日本の国も占領するというようなことが真実のように伝わって来ました。この頃になるとTさんはそわそわとして落ち着かず、私にいつでも逃げ出せるよ うにしておくようにと申すようになりました。私も覚悟はしておりましたので、身の回りのものをひとまとめにしていて、いつどんなことがあっても大丈夫と言 う備えだけはしておきました。この頃通州にいつもいた日本軍の軍人達は殆どいなくなっていたのです。どこかへ戦争に行っていたのでしょう。

七月二十九日の朝、まだ辺りが薄暗いときでした。突然私はTさんに烈しく起こされました。大変なことが起こったようだ。早く外に出ようと言うので、私は風呂敷二つを持って外に飛び出しました。Tさんは私の手を引いて町の中をあちこちに逃げはじめたのです。町には一杯人が出ておりました。そして日本軍の兵舎の方から猛烈な銃撃戦の音が聞こえて来ました。でもまだ辺りは薄暗いのです。何がどうなっているやらさっぱりわかりません。只、日本軍兵舎の方で炎が上がったのがわかりました。私はTさんと一緒に逃げながら「きっと日本軍は勝つ。負けてたまるか」という思いが胸一杯に拡がっておりました。でも明るくなる頃になると銃撃戦の音はもう聞こえなくなってしまったのです。私はきっと日本軍が勝ったのだと思っていました。それが八時を過ぎる頃になると、支那人…