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文明法則史学 ―世界の中心は「京」

文明法則史学は村山節(みさお)先生が文明の研究―歴史の法則と未来予測で提唱された東西文明が800年周期で陰と陽、栄枯盛衰を入れ替わるという論説である。
この論説を知ったときの衝撃は忘れられない。衝撃というよりは腑に落ちたといった方がいいかもしれない。マッキンダーの地政学―デモクラシーの理想と現実をはじめて読んだときも同じ感覚があった。つまりボーっと考えていることが、整理され理論化されて眼前に現れると、衝撃というよりは「あぁ~、そうだったんだ」という何か胸のつかえが取れたような感覚があるが、日本語ではこういうことを得心するというのだろう。

以下、文明周期(800年)交代図の概要を紹介する。(出典:『文明の研究』村山節著)

<紀元前4400年から3600年推定人類最古の文明>
<紀元前3600年から同2800年前>
◎メソポタミアに都市国家発達
◎陽の時代(西) エジプト古王国文明
◎陰の時代(東) シュメール時代
<西暦前2800年前から同2000年前>
◎交代の混乱期  外国人の侵入エジプト衰退
◎陽の時代(東) 古代メソポタミア文明
◎陰の時代(西) エジプト中世的時代
<西暦前2000年前から同1200年前>
◎交代の混乱期  アーリア族大移動→インド侵入
◎陽の時代(西) エジプト・エーゲ文明
◎陰の時代(東) アジア未開時代
<西暦前1200年前から同400年前>
◎交代の混乱期  ドーリア(バルカン民)族大移動
◎陽の時代(東) 古代アジア文明(メソポタミア・チャイナ・インド)
◎陰の時代(西) 欧州暗黒時代
<西暦前400年~西暦400年>
◎ 交代の混乱期  フン族反乱と民族大移動 アレキサンドロス大帝東征
◎陽の時代(西) ギリシャ・ローマ時代
◎陰の時代(東) 中央アジア(クーシャン王朝)
<西暦400年~1200年>
◎交代の混乱期 (東)ゲルマン民族大移動 (西)乱世=五胡十六国(東)
◎ 陽の時代(東)アジア極東文明時代 チャイナ・古代インドネシア・中央アジア文明
◎ 陰の時代(西) 欧州暗黒の中世時代 キリスト教の東西分裂
<西暦1200年~2000年>
◎交代の混乱期 チンギス・ハーンの跳梁と民族大移動
◎陽の時代(西) ルネッサンスに始まり 大航海時代を頂点とする西洋文明の時代
◎ 陰の時代陽の時代(東) アジア没落の時代
<以下現在~>
<西暦2000年~2800年>
◎交代の混乱期  中東における一神教同士の宗教戦争
◎陽の時代(東) 多神教的コスモロジーの到来?
◎陰の時代(西) 一神教文明の崩壊

この論説に歴史学者で元東大史料編纂所教授の酒井信彦先生が「日本の歴史は400年で区切ると分かりやすい」という一文を投稿している。

”今回は、私が一応専門としている日本の歴史の話をすることにしたい。私はかねてから、日本の歴史は大体400年という間隔で考えると、比較的理解しやすいのではないかと思っている。現在は、西暦でいって約2000年であるが、この2000年間を400年ずつに、五つに分けて見ることにするのである。それを現在から過去に遡る形でやってみよう。

今から400年前と言えば西暦1600年頃、1600年はずばり関が原の戦いの年である。つまりこの直後に徳川幕府が開始され、それは長い戦国時代を豊臣秀吉が統一し、その事業を家康が継承して成立したものであった。その後の400年間は、江戸時代と明治維新以後が含まれている。歴史学で言うと、近世(江戸時代)と近代(明治から戦前まで)・現代(戦後)である。

その400年前は、西暦1200年前後だから鎌倉幕府という武家政権が成立した時期である。この400年間は、鎌倉時代・南北朝時代・室町時代・織豊時代が含まれているが、歴史学では中世と呼ばれている。ただし織豊時代は普通近世に入れる。この期間は、朝廷や寺社などの勢力が衰え、武士による統一的な封建国家が生み出される過程である。

更に400年前は、西暦800年頃になる。平安京への遷都が794年であるから、この400年間はすべて平安時代ということになる。一口に平安時代といっているが、平安時代は異常に長い期間であることが分かる。この中間、1000年前後が摂関政治の盛時で、紫式部が生きていた頃である。

更にまた400年前は西暦400年前後で、近畿地方で巨大古墳が作られていた頃である。これらの古墳は皇室の祖先が作ったと考えられ、大和朝廷を成立させていた。この400年間のちょうど中間に居るのが聖徳太子であり、太子が摂政になったのが593年、法隆寺の創建が607年である。つまりこの400年間の後半の200年間、とくにその更に後半の100年間つまり8世紀に、日本の律令国家は急速なスピードで形成されたのである。

平城京・平安京に先行する、日本における本格的な都城である藤原京への遷都が694年であって、平安遷都のちょうど100年前になる。この重要な100年間の中ごろに当たるのが、東大寺の大仏開眼で、752年のことである。

大規模古墳の建設より400年遡れば、西暦すなわちキリスト紀元の始めに到達する。文字のなかった当時の日本では、正確な年次は伝わらないが、シナの歴史書によって、紀元57年に「倭奴国王」が後漢の光武帝に使いを出して、印綬を受けたことが分かる。江戸時代に志賀島から出土した金印が、その現物だとされている。

この最初の400年の中間あたりに居るのが、例の卑弥呼である。卑弥呼は239年に、魏に使いを出している。その居住地である邪馬台国の所在が、九州か畿内か長らく論争があったが、最近は畿内説が有力になっている。

以上の400年区分の内、変化の無かったように見える平安時代は、実は日本の歴史の変化・進歩を考える場合、極めて重要な時代なのである。それは急速に成立した律令国家が、次第に崩壊し変質して別種の国家に成って行く過程である。その変化の目安は、土地制度としての荘園の成立と、軍事組織としての武士の出現である。この変化があったからこそ、律令国家がずっと続いたしシナ・朝鮮とは異なった、日本独自の国家に進化したのである。

私は以前、かなり保守的志向が強い人物から、西暦を使うのは欧米キリスト教徒への隷属だとの批判を受けたことがある。しかし、便利なものは便利である。歴史を理解する道具として使うのであり、別に精神奴隷になっているわけではない。”

私はかねてからは世界に中心であると主張しているが、そのことを確信したのが文明法則史学との出会いだった。大和朝廷は各地に遷都を繰り返していたが、京(平安京)の地に遷都してからは明治維新まで天子様は京におられたわけである。

今は一旦東の京にお移りになられていいるが、近々京へお帰りになられるであろう。先ごろ大陸の北の京から次のシナ皇帝が謁見に来ていたが、京の天子に会わなくては権力移譲ができないのかずいぶん無理をしていた。東京、西京、南京、北京そして京、日本の天子が京に戻られるとき再び平安の繁栄が我国にもたらされるのであろう。

参考
縄文が日本を救う
文明法則史学800年周期説と日本1
文明法則史学800年周期説と日本2
文明法則史学800年周期説と日本3

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北朝鮮は日本の脅威ではない

北朝鮮の核開発問題は、日本にいろいろな教訓と示唆を与えてくれる。現在日本は、米韓と共に北朝鮮と対峙しているが、日本は、北朝鮮となぜ敵対しているのか、本当の敵は北朝鮮なのかという根本的な命題は、マスコミはじめ識者でも語られないままだ。今回はその辺を整理しよう。


北朝鮮問題の歴史的経緯 朝鮮民主主義人民共和国建国 1910年8月29日、大韓帝国は、日韓併合条約を専制君主である皇帝純宗が裁可することで、大日本帝国との合邦国となった。1945年4月12日、米国は、大日本帝国敗戦後の朝鮮半島統治に関して38度線での分割統治を提案する。1948年9月9日朝鮮民主主義人民共和国の成立は、その年の8月15日大韓民国の成立とともに、朝鮮半島における米ソの対立をより明確にすることになった。

共産主義による世界統治の実現のため、1950年6月ソ連及び、1949年に建国した中華人民共和国の支援を受けて、38度線を越境し大韓民国に進攻戦争を開始して朝鮮戦争が勃発する。大韓民国に駐留していた米軍を中心に国連軍―正式な手続きを経ていないので実質は国連派遣軍若しくは多国籍軍、が組織され、これを迎撃することになる。
朝鮮戦争 1950年6月25日宣戦布告なしに38度線で北朝鮮ソ連中国連合軍の砲撃が開始され、10万を超える兵力が38度線の越境を開始する。当時の韓国軍は兵力約11万人で装備は脆弱であった。さらに、北朝鮮のスパイ掃討戦や軍内部のスパイ粛清で士気は疲弊していた。米国及び国連は動揺するが、6月27日には国連安保理で北朝鮮を侵略者と認定して、その行動を非難する。さらに軍事行動の停止と軍の撤退を求める「国際連合安全保障理事会決議82」を賛成9反対0:棄権1の全会一致で採択した―ソ連は欠席。
韓国軍の崩壊と国連軍の敗走 韓国の李承晩大統領は、6月27日南朝鮮労働党関係者の処刑を命じ、韓国軍や韓国警察によって共産主義者の嫌疑をかけられた20万人から120万人に上る民間人を裁判なしで虐殺した―保導連盟事件。同時に、ソウルを放棄して水原に遷都した。このとき漢江にかかる橋を避難民ごと爆破した―漢江人道橋爆破事件。これにより漢江以北には多数の軍部隊や住民が取り残され、韓国軍の士気がさらに下がることになる。

国連軍を指揮した、マシュー・リッジウェイ将軍は、退却する韓国軍が放棄した装備は、数個師団だったと述べる…

日本は北朝鮮と国境を接していない

朝鮮民主主義人民共和国はなぜ生存しているのか 「北朝鮮は脅威ではない」が、思いのほか好評だったが、危機が現実化する過程の関心高さがうかがえる。ただ、一部投稿を疑問視するコメントも散見されたので、本稿はそれにお答えしよう。何を疑問視されたかというと、北朝鮮は現実的に脅威じゃないか!というものだが、僕は、北朝鮮が脅威にように見えるが、あれは北朝鮮ではなく、北朝鮮をコントロール若しくはそう仕向けている勢力があるということをいっている。現実は北朝鮮危機なのだが、真実は極東情勢の好転ではないのか、というのが趣旨だ。

極東の軍事バランス 図は少し古い資料だが、詳しくは拙稿「朝鮮人民軍の実力」を参照してほしい。最近の資料では、韓国軍は2020年までに52万人に削減される予定である。 一方朝鮮人民軍は推定で120万人といわれている。在韓在日の米軍を含めても、北朝鮮人民軍の兵力は約2倍だ。さらに、中朝国境を管轄する人民解放軍北部戦区には約25万人の兵力があるという分析もある。北部戦区は再編前の瀋陽軍区で、瀋陽軍区の前身が朝鮮戦争に義勇軍を派遣した第4野戦軍なのである。米軍による仁川上陸からの攻勢から、金日成北朝鮮軍壊滅を救ったのが、現在の北部戦区ということだ。金正恩北朝鮮の強硬姿勢は、こういう歴史的背景がある。人民解放軍の戦力の他に、ウラジオストックにはロシア軍東部軍管区の極東地域には2個軍及び航空軍、鉄道軍約9万人が配備されている。


旧瀋陽軍区と北朝鮮 歴史的に朝鮮半島では、他国の影響を排除した独立国は存在していない。現在の両国もそうだ。北朝鮮はソ連が建国して、中国共産党人民解放軍の奮戦が支えた国といえるし、韓国は米軍の支援なしでは、いまごろ、山口県に亡命政権があったかもしれない。先にふれた旧瀋陽軍区は、鴨緑江から反撃を開始して、約2万5千人の戦死者を出しながら、一時はソウルを再占領するまで戦った部隊の末裔だ。過去金正恩の父、金正日は亡くなる前2年間で11回、旧瀋陽軍区を訪問しているという。
中国共産党も恐れる旧瀋陽軍区 また、旧瀋陽軍区は中国共産党にとっても危険な存在だという。かつては北方民族が群雄割拠する地域で、万里の長城はその北方民族の侵入を防ぐためのものだ。近くは軍閥の張作霖が支配した地域であり、満州国が建国された地域でもある。歴史的には北京とは一線を画している地域で…

山尾議員の離党を憲法で考える

民進党山尾志桜里議員が週刊文春の不倫疑惑報道を受けて党を離党した。僕は民進党の支持者ではないし、山尾議員を評価もしていないが、不倫で離党する必要はないと考える。勿論、議員辞職する必要は全くない。それらを少し憲法との関連で考えたい。

目に余る週刊誌の人権侵害  昨年のロックバンドのボーカルとタレントの不倫報道を端を発し、今年も数々の不倫疑惑が取りざたされている。僕は週刊誌のこれらの報道は明確にプライバシー権の侵害ではないかと考えてる。人は公共の福祉に反しない限り自由を認められる、という自由権は憲法が保障する各種の権利の根幹をなす権利である。
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 幸福を追求する権利を「立法その他の国政上で、最大限の尊重を必要とする」わけだから、私人が不幸になることを制限若しくは抑止する立法もまた必要だということになる。 プライバシー権成立の要件 山尾議員はじめ、芸能人の不倫疑惑報道すべて、私生活の事実の暴露であることは間違いない。人は恋愛する自由があり、たとえ結婚制度が確立している個人でも、その衝動は抑えられない。しかも、だれがだれと恋愛するかは、その個人の自由だ。
 プライバシーの侵害について法的な救済が受けられる要件は、①私生活上の事実、または事実らしく受け取られるおそれがあり、 ②一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないと認められることがらであること、③一般の人々に、未だ知られていないことがらであること、 と判示している。これを私事性、秘匿性、非公知性の基準としよう。
 山尾議員の場合は、―というより、ほとんどの不倫報道は、①②③すべての要件に合致しているといえる。但し、言論、表現の自由を法人としての報道機関は有しているということも重要な憲法上の権利になる。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 この権利を私人のみならず法人にも認められるかは議論があるが、おおむね法人にも認められるというのが有力だ。すると、出版社を含め各報道機関には、自社が取材した事実を報道する自由があることになる。ではこの権利の衝突を裁判所はどのように調整したのだろうか…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。

アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

国際関係論で論じられる理想主義

―リベラリズムー 誤解されるリベラリズム リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。




20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。




貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。

リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま…

立法府の議員が法令違反では国民は法令を守らない ―自民党小野田議員、民進党蓮舫代表は議員辞職すべき

昨日BBCで、こんな記事を目にした。
豪上院議員が辞職表明、二重国籍判明で 先週末から二人目

豪州で先週と今週で2名の議員が二重国籍問題で議員辞職している。一人は党の副党首ラドムス元上院議員、もう一人は同じく副党首で、今年5月、連邦議会の議場内で授乳した初めての母親となり話題を集めた、ウオーターズ議員だ。 記事のよると、ラドムス元上院議員はニュージーランド生まれで、3歳の時に家族と共に渡豪したという、そして10代の時にオーストラリア国籍を取得した際に、ニュージーランド国籍を放棄したと思っていたが国籍離脱を怠っていた。
ウオーターズ議員はラドムス議員の二重国籍問題で自身の二重国籍を知ったという。「カナダで70年前から存在する法律のために、生まれたカナダの二重国籍があり、私が生まれた1週間後に法律が改正されたために、能動的にカナダ国籍を放棄する必要があったと知って、強く打ちのめされた」と語っている。



豪州は移民国家で二重国籍に寛容であるが、議員の二重国籍は憲法で禁じられている。ウオーターズ氏は記者会見で「議員にも海外生まれは多い。辞職者がこれ以上出なければいいが」また、「うっかりミス」だったと語った。緑の党は対策として、候補者の国籍保有状況を事前に確認する仕組みを導入する考えだ。―時事ドットコム
さて、この豪州議会の対応をふまえて日本の自民党小野田議員と民進党蓮舫代表、二人の対応を考えてみよう。小野田議員は本年5月18日、
「以前フェイスブックに書かせて頂いた通り、義務である『日本国籍選択と米国籍放棄手続き』については立候補前の平成27年10月に終えておりましたが、努力義務である『外国の法においての国籍離脱』という手続きについては、当時進行中で終了しておりませんでした。大変時間がかかりましたが、この度、アメリカ合衆国から2017年5月2日付での『アメリカ国籍喪失証明書』が届きました」
と産経ニュースが伝えている。つまり、当時努力義務である外国法においての国籍離脱が進行中であったことを認識しながら、議員に立候補したことになる。小野田議員は努力義務にせよ完全に二重国籍を解消していない状態を認識していながら議員になっていたことになる。
次に民進党蓮舫代表は7月19日完全に二重国籍を解消したことを戸籍を公開することによって証明した。こちらも日本国籍選択をしたあと国籍離脱…

日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

TPPとはなにか ―GATT・WTO体制から考えるTPP

TPPというのはWTOが認めるGATT体制の例外で、自由貿易協定や関税同盟などの地域貿易協定のことだ。そのことについての議論が国会の場でもあまりされていないように思う。おがた林太郎元衆議院議員のブログそもそもFTAとはというエントリーがあり、自由貿易協定の根拠はガット24条だということを知らない議員が多いと指摘している。

経済産業省の説明では自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)と関税同盟(Customs Union)を総称して地域貿易協定としている(RTA: Regional Trade Agreement)が、これらはGATT・WTO体制の例外として認められている協定で、それを規定しているのがガット24条という事になる。経済産業省のHPに関税及び貿易に関する一般協定、GATTの翻訳が掲載されている。
この協定の適用上、
(a) 関税同盟とは、次のことのために単一の関税地域をもつて二以上の関税地域に替えるものをいう。
(i) 関税その他の制限的通商規則(第十一条、第十二条、第十三条、第十四条、第十五条及び第二十 条の規定に基いて認められるもので必要とされるものを除く。)を同盟の構成地域間の実質上のすべての貿易について、又は少くともそれらの地域の原産の産品 の実質上のすべての貿易について、廃止すること。
(ii) 9の規定に従うことを条件として、同盟の各構成国が、実質的に同一の関税その他の通商規則をその同盟に含まれない地域の貿易に適用すること。
(b) 自由貿易地域とは、関税その他の制限的通商規則(第十一条、第十二条、第十三条、第十四条、第十五条 及び第二十条の規定に基いて認められるもので必要とされるものを除く。)がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃 止されている二以上の関税地域の集団をいう。 TPPも含む地域貿易協定の根拠は24条にある。つまりTPPにも最恵国待遇が適用されるということだ。一応経産省のHPから最恵国待遇のPDFにリンクを張る。

WTOはその前進であるGATT(General Agreement on Tariffs and Trade) 関税及び貿易に関する一般協定が機関に昇格したものだが、実は国際通貨基金、世界銀行と並びブレトン・ウッズ体制の枠組みとして発足する…

朝鮮人民軍の実力

北朝鮮軍事の組織 2010 年 11 月 23 日、韓国が黄海上の軍事境界線と定める北方限界線 (NLL)に近い韓国西方沖の延坪島と周辺の黄海水域に、北朝鮮側が砲撃。100発以上が着弾し、民家が炎上。韓国軍も80発以上を応射。韓国軍の兵士2人と民間人 2 人の計 4 人が死亡、兵士 16 人、民間人 3 人の計 19 人が重軽傷を負った事案は、韓国の世論にのみならず、日本の世論も激高させる事になった。

2002 年の小泉訪朝により、一時政権与党でもあった日本社会党は、朝鮮労働党との友好関係の実態が知られることになり、解体の原因ともなった。朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法第 11 条には「朝鮮民主主義人民共和国は、朝鮮労働党の指導の下にすべての活動を行う」と規定されており、朝鮮労働党は国家の行政機構より上位にあって、事実上の一党独裁制を現在でも堅持している。

党の最高ポストは総書記で、現在は金正日である。1998 年の憲法改正で国防委員会が事実上の国家の最高指導機関と位置づけられ、金正日は党軍事委員会とともに国防委員長であり、事実上の北朝鮮国家の最高権力者である。朝鮮人民軍は「党の軍事政策を遂行する方策を討議・決定し、朝鮮人民軍をはじめとする武力全般の強化と軍需産業の発展に関する事業を指導し、我が国の武力を統括する」として、党中央軍事委員会隷下に置かれており、党規則上は党の軍隊である。統帥権は国家機関の国防委員会にあるために実質的には金正日「首領の軍隊」と言える。



朝鮮労働党の軍事組織 軍事組織は複雑で国防委員会の隷下に人民武力部と国家安全保衛部が置かれている。また内閣の隷下には人民保安部(警察機構)がある。人民武力部の隷下に総政治局、総参謀部、保衛司令部がある。総参謀部隷下に三軍がある。党中央委員会は中央軍事委員会を通じて総政治局に影響力を持ち、間接的に三軍に影響力を行使する。

北朝鮮国家は運営の全てを党の指導のもとに行うことになっているのだが、現在では形骸化しているようだ。実質的には国防委員会が実質の最高意思決定機関であり、1998 年の憲法改正では国家主席が廃止され国防委員長が国家最高職となった。よって国防委員長兼人民軍最高司令官である金正日一人に決定権が集中している。

人民武力部は国防省にあたり、軍事全般を統括して、対外的には軍事部部門の代表機関であるが…