知的財産権の基礎 ―日本ボロ負けの仕組み

知的所有権"Intellectual property”は工業所有権”Industrial property”との整合性からそのように訳されることが一般的だが、法的概念から云へば知的財産権と訳したほうがよいという意見があるので、よって、この投稿は知的財産権で統一することにする。

知的財産権の概要

世界知的財産権機関" World Intellectual Property Organization、WIPO”は条約の第2条で知的財産権の定義が規定されている。
  • 文芸、美術及び学術の著作物
  • 実演家の実演、レコード及び放送
  • 人間の活動のすべての分野における発明
  • 科学的発見
  • 意匠
  • 商標、サービスマーク及び商号その他の商業上の表示、不正競争に対する保護に関する権利、産業・学術・文芸・美術の分野における知的活動から生ずる他のすべての権利
具体的には、特許権、実用新案、商標権、サービスマーク、商号、意匠権、不正競争防止法、著作権、企業秘密(トレード・シークレット)などで、工業所有権の分野に含まれるのは、特許権、実用新案、商標権、意匠権、不正競争防止法などで認められる権利だ。工業所有権四法とは特許法、実用新案法、意匠法、商標法になる。之と対峙して著作権がある。近年では半導体の配列、植物の品種、レンタルビジネス、インターネットなどそのカバーする範囲は拡がっている。

米国の戦略

知的財産権強化の動きをプロパテントといい、米国は1970年代まで独占を禁止する、アンチプロパテントの傾向にあった。しかし1980年代、いわゆる双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)対策としてレーガン政権時代に政策を転換、プロパテントがに方向転換することになった。

1982年、特許事件の判例統一を目的として連邦巡回控訴裁判所(CAFC)を新設した。これにより日米間で特許紛争が勃発して、TI社と日立、東芝やIBMと富士通など日本企業、ハネウエル社とミノルタの巨額賠償裁判、1988年にはいわゆるスーパー301条による対象国への報復措置などが一面を飾ったことを記憶している方は多いだろう。

特筆すべきは、1988年の法改正でUSTR(米国通商代表部)に大幅な権限を付与し包括通商法182条、いわゆるスーパー301条に基づく調査権だ。これによりアメリカ製品の知的財産権を侵害しているとして国際知的財産権連盟(IIPA)は包括通商法スーパー301条の対象国として中国、韓国、インド、台湾を名指しし、損害は146億ドルにのぼるとした。

さらに関税法337条の改正によって不正な競争の排除要件を知的財産権事案において、申立人に有利な改正を実施、投資要件の緩和を行うことにより国内産業の保護強化を図った。1989年、米国ビジネスソフトウエア協会(BSA)は加盟6社で設立され、台湾、シンガポールなどの企業に著作権侵害で訴訟を起こした。

ちなみにアップル社(1977年)とマイクロソフト社(1975年)は、1988年アップル社から著作権侵害の提訴、1995年にアップル社が敗訴以来、敵対関係にあったが、1997年兩社は和解協調体制をとることになる。このころから米国企業は特許侵害による輸入や販売差し止めなどを求める戦略から巨額な賠償を求める戦略へ切り替えたと云へる。この戦略転換によって日本企業は米国企業へ巨額の賠償を請求され、和解金として数百億円を支払う例も発生した。

訴訟は企業ばかりでなく個人も高額の特許使用料金を請求する事例も出て1990年代の日本企業はバブル崩壊の痛手とともに、巨額賠償のリスクに怯えることになった。これらは米国の陪審制度、特許基準の甘さ、国防政策としての特許政策などが米国連邦政府主導で行われ、日本政府企業の対策が遅れたことが、敗因の一つにあげられる。

これらの経緯が本年の米韓FTA、そしてTPPなどにおける知財部門の要求の根拠となっていることはお分かりだろう。

合衆国憲法第1章[立法部]第8条第8項

著作者および発明者に対し、一定期間その著作および発明に関する独占的権利を保障することにより、学術および有益な技芸の進歩を促進する権限。

米国は1980年代からアンチプロパテントから政策転換をしたと指摘した。ちょうどレーガン大統領時代なわけだが、レーガン大統領と云へば、英国サッチャー首相と同時期で、両名はハイエクやフリードマンといった、新自由主義(neoliberalism)あるいは新保守主義(Neoconservatism)的な政策を推進したのは周知の通り。そのレーガンがそれまでの競争重視の独占禁止政策を捨てて保護主義的に政策転換したのは双子の赤字解消という「市場の要求」だった。

米国企業の特許戦略

ゼロックス社は1975年、FTC(連邦取引委員会)の勸告に因つて、ゼログラフィーのライセンス化を強要され、その後日本メーカーの廉価品が津波のごとく押し寄せて市場優位を失つた。同じくPCのOSにおけるGUIの基本的な技術を発明しているが、特許化を躊躇し―先のFTCの勸告が尾を引いて、その後マイクロソフトやアップルに出し抜かれることになる。損失は5億ドルと云われている。

1980年代の米国企業のプロパテントはおもに防衛目的だつた。つまり自社技術をライバル会社に使用させない(独占排他権)ということが目的だつた。1990年代に入り、弁護士出身のクリントンが大統領に就任すると「スーパー情報ハイウエイ構想」を打ち出し、それとともに経済安全保障と銘打つて、国家安全保障に関わるハイテク技術を保護するため、特許基準を甘くしたり、あるいは陪審員制度を巧みに利用した、訴訟戦略で米国企業は他国を圧倒し始めることになる。

パテント・トロールの出現

パテント・トロールという言葉を知つておられるだろうか?大半の方が初めて耳にする言葉だらう。トロールというのは北欧神話の怪物のことで、他にパテント・エクストーショニスト(強奪者)やパテント・パイレーツ(海賊)、パテント・マフィアなどとも呼ばれている。カナダのトロール、NTP 社が、ブラック・ベリーを製造販売するRIM 社と5 年間の法廷闘争の末に、6 億1 千2 百万ドル(約550 億円)という和解をした事例がある。米国の弁護士ヘンリー幸田氏は論文で、トロールの特徴として、次の4点を擧げている。
  1. 自ら開発した発明ではなく、他社の所有する特許を入手する。多くは破産の危機に瀕した企業の所有する特許権を低価格で入手する。オークションを活用する場合も少なくない。
  2. 自ら特許発明を実施する意思・能力・施設を持つことなく、実施する企業に対し警告を発し、あるいは提訴することにより、高額の損害賠償・和解金を要求する。
  3. 組織内に、有益な休眠特許をかぎ分ける能力を持った技術者、係争・交渉経験豊かな弁護士、そして損害賠償の算定に精通した公認会計士(CPA)等のプロを置く。
  4. 自ら実施しないため、相手方企業としては、自社の保有する特許権を根拠とする反訴、あるいはクロス・ライセンスによる交渉の余地がない。
そしてその戦略は以下の7点、
  1. 無数の休眠特許の中から有望な特許を低価格で買い集め、
  2. カテゴリー別にパテント・ポートフォリオを分類し、
  3. ポートフォリオごとに子会社を設立し、
  4. 子会社ごとに目標額を設定した上で投資家を募り、
  5. 標的となる企業(和解に応じやすい)を選別し、
  6. 有利な管轄地(テキサス州東地区、ウィスコンシン州西部等)において提訴し、
  7. 被告企業に迷いの出るタイミングを予測し早期和解を提唱する。
日本企業は1970年代、ゼロックス社を追い込んだ仕返しにパテント・トロールに巨額の訴訟を起こされ和解に応じている。

均等論

日本では平成10年2月24日にボールスプライン軸受事件最高裁判決が出て―判決の影響と真実には差異があるようだ、均等論が日本でも認められた。特許侵害訴訟において、侵害製品が特許製品の一部を変更したものであっても、次の要件によって特許侵害を認めるというものである。
  1. 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、非本質
  2. 右部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏するものであって、作用効果同一
  3. 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができるものであり、製造時に置換容易
  4. 対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれらから右出願時に容易に推考できたものでなく、出願時に推考容易
  5. 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的の除外されたものにあたる、意識的除外
  6. などの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属すると解するのが想到である。
※但し特許発明に公知例が存在するときは「均等」の原則は適用しない。

均等論の法理論はプロパテント政策を推進する意味において核心となる理論だ。 米国では1982年CAFC設立と同時に適用されたことによって、その後の米国および米国企業の訴訟を後押しすることになる。

テキサス州東地区マーシャル分署

テキサス州マーシャル市は知財に関わる人達にとっては聖地―三途の川かも知れないが、といえる。2008年度には訴訟件数が全米第1位という。ニューヨークやロサンジェルスを大きく引き離しての結果だ。大型先端技術訴訟だけをピックアップしても、
  • ノースイースタン大学対グーグル(データ探索方法)
  • オプティ対AMD(キャッシュ処理方法)
  • シスコ・システム対ホアウェイ(ソフトウエア)
  • モザイド対ハイニックス(DRAM)
  • パラレル・プロセッシング対ソニー(プレステ3)
  • シャープ対サムスン(LCD)
アップルもグーグルも今ではマーシャル分署のお得意さんだ。ではなぜこんな田舍町に先端技術訴訟が集まるのかの秘密は、原告勝訴率80%という、超原告有利な結果によるという。外国企業―当然我国の企業も、に至つては被告事案では特許権無効とした事案が皆無(2009年時点)という、超偏向地元有利裁判所なのだ。

ヘンリー幸田弁護士は理由として、
  1. テキサス東部の保守的な住民気質
  2. 判事のルール尊守
擧げている。1については省くが、2について、

”連邦地方裁判所には、その地特有ローカル・ルールの適用権限が許される。マーシャル地区裁判所における特質は、極端とも思われるルール遵守方針である。誤解を避けるために言明すれば、厳格なのはルールの中身ではなく、ルールを適用する上での実務にある。特に期日、そして書面の分量、質問項目の数・・・、ルール違反に対し宥恕の余地は皆無に近い。この極端な方針は、実務的に見るとき、被告にとって特に過酷な負担を強いることになる。何故ならば,原告側は提訴前からの準備が可能である。これに対し、被告側は通常、提訴された後に具体的に訴訟対策を開始する。この差は意外に大きい。特に期日の遵守に厳しいため、手続の進行は、他の裁判所地区と比較して遥かに早い。このため準備が遅れがちな被告側の負担は特に厳しくなる。”

こんなからくりでは日本企業はかたっぱしから敗訴だろう。

裁判員制度

ここで面白い推測をしてみよう。2004年5月21日小泉内閣で成立、2009年5月21日に施行された裁判員制度は何故か民事訴訟ではなく、殺人事件、強盗致死事件、傷害致死事件、危険運転致死事件、現住建造物等放火事件、身代金目的誘拐事件、保護責任者遺棄致死事件など重大刑事事件を対象とした。

私のような素人が考えればまず、民事訴訟でスタートさせ、国民が意識も高まり知識も蓄積したところで殺人などの刑事事件へと発展させたほうがより入りやすいと思うが、司法行政官はどうしても殺人事件などを一般国民に司法参加させて、原告からの批判を和らげたいということだなと勘ぐりたくなる。

さらにこの裁判員制度導入には年次改革要望書等の米国からの圧力もあつたと推測される。

しかし市場開放要求し日本がそれに応じた場合、特許訴訟では日米逆転現象が起こり、日本市場内での米国企業の特許侵害で日本企業が提訴するという事案が発生する。

愛国心と復讐心の燃える我国の裁判員は軒並み米国企業敗訴の評決をするだろうから、そうなっては困る米国は民事における裁判員制度導入へ圧力をかけたと推測できないだろうか。

これはあくまでも推測だ。以下の様なやり取りを見ていると當局が必死になっていることが読んで取れる。

裁判員制度の対象が、重大な刑事事件に限定されているのは、なぜですか?

「ボールスプライン軸受事件」の真実
ボールスプライン軸受事件

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