翻訳者からのメッセージ


国家と国民

民族が国民となるためには国家を確立しなければならないのが国際的なルールだ。主権国としての権利が付与されるには統治機構(以後政府)がなければならない。政府によって領土(領海、領空)と被統治民族(国民)が認定されるわけだ。現在ではその政府が民主的な手続きで選ばれるのが(普通選挙)望ましいが、それは民族が決めること(民族自決。民族が自ら、自由に政府を組織すること、民族自決)ということも国際的なルールだ。国際社会では民主的にせよ、力尽くにせよ領土と民族を実効支配していることが重要なのだ。竹島は力尽くで奪われたのだが、それを民主的なルールで取り返そうとしてもある意味空虚だ。中国は尖閣諸島を民主的に奪いとろうとしているが、最後は武力行使をしてくる可能性は否定出来ない。国家(領土と領民)というのは受動的に与えられる概念ではなく能動的主体的に確立した民族に認められる概念なのだ。

憲法は国民からの命令書

憲法は民族が国民となり暴力を政府に独占させるにあたってやってほしいこと、やってほしくないことをお願いした手紙であり、法という見方をすれば国民から政府対する命令書だ。よってその前文は我々は~命令する(政府に対して)、という文章が望ましい。そのことをふまえて前文を読んでみると、
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由 のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を 確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれ を享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安 全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地 位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
と主語が「日本国民は」となっていて、一読すると第三者が日本国民に対して命令しているようにも受け取れる文言になっている。しかし原文である英文はというと、
We, the japanese people, acting through our duly elected representatives in the national diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim that sovereign power resides with the people and do firmly establish this constitution. government is a sacred trust of the people, the authority for which is derived from the people, The powers of which are exercised by the representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed by the people. this is a universal principle of mankind upon which this constitution is founded. we reject and revoke all constitutions, laws, ordinances, and rescripts in conflict herewith.

We, the japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world. we desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. we recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.

We believe that no nation is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal; and that obedience to such laws is incumbent upon all nations who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other nations.

We, the japanese people, pledge our national honor to accomplish these high ideals and purposes with all our resources.
注目すべき点は、英文にある"We"が何故か訳されず「日本国民は」と三人称になっている点だ。もし日本国憲法にも「私逹は」という主語はあったならば、その後の憲法解釈論争にも大いに影響を与えただろう。しかし日本国憲法に英文の原文があって「私達」が制定した憲法といえるのかという問題がある。しかし本来は「私逹は」と宣言をするのが憲法という法律の性格上、私は望ましいと思う。何故、"We"は訳されなかったのだろうか?

翻訳者からのメッセージ

国立国会図書館の電子展示会に「日本国憲法の誕生」というコーナーがある。そのなかで日本国憲法制定に大きな影響を与えた、1946年1月11日、ラウエルの「私的グループによる憲法改正草案(憲法研究会案)に対する所見」という文書がある。この私的グループとは憲法研究会のことだ。憲法研究会は1945年12月26日に「憲法草案要綱」を発表していた。憲法研究会はGHQへも草案の説明を行ってGHQは注目していた。ラウエルは民政局で大日本帝国憲法を研究しており、その論点を整理して改正憲法に含まれるべき諸規程を1945年12月6日に、「日本の憲法についての準備的研究と提案のレポート」を作成しその中で提案している。日本国憲法の誕生の概説の「はじめに」では、

日本国憲法の制定には、国の外からと内からの双方の力が働いている。

中略

憲法制定の経過は、1946(昭和21)年2月13日を「ターニング・ポイント」として、その前後で大きく二つの段階に区分される。前者は、1945(昭 和20)年10月、最高司令官が「憲法の自由主義化」を示唆、これをうけて日本政府による明治憲法の調査研究が開始され、翌1946年2月、改正案(憲法 改正要綱)が総司令部に提出されるまでの段階である。後者は、2月13日、総司令部が日本側の改正案を拒否し、逆に、自ら作成した原案(GHQ草案)を提 示することで、局面が転回し、新たな憲法の制定・公布にまで至る過程である。

と2月13日をそれまでの自主的な憲法制定を容認していた時期とGHQが憲法を主導的に押し付け制定・公布に至った時期のターニングポイントとしている。それは松本委員会(憲法問題調査委員会)が2月8日に提出した憲法改正要綱にGHQ失望したのみならず、ソ連の極東委員会を通じて、日本の統治へ関与することを防ぎたいGHQの意図による方向転換だ。その方向転換はすでに13日以前に始まっており、3日マッカーサーは3条件を示し、それを受け4日にはホイットニー民政局長は憲法起草作業班を設置している。ここの他国政府から強制される憲法が起草されるわけだ。概説に「日本国憲法の制定には、国の外からと内からの双方の力が働いている。」と分析しているのは米ソの冷戦構造のことだ。

この性急な起草作業時にラウエルのレポートは起草班に大きな影響を与えたことは想像に難くない。憲法改正草案は国民主権や象徴天皇、人権要綱から留保規定が撤廃されるなど日本国憲法の諸規程がうたわれている。憲法の起草において素人集団の作業班にとって、ラウレルレポートとマッカーサーメモランダムともにこれほどのお手本はない。彼らが憲法改正草案をベースに日本国憲法は起草したことは隠しようのない事実だといえるだろう。

現在でも護憲派といわれる人々は改憲派の日本国憲法はアメリカが起草したという主張に反論して、日本人の自由意志が反映されているという反論をしている根拠はここにある。憲法改正草案は当時の憲法学の権威者達によって書かれたものだからである。だから英文にもそれが色濃く反映され、前文は"We"ではじまるっている。しかし1946年6月25日、衆議院本会議に上程され、6月28日、芦田均を委員長とする帝国憲法改正案委員会に付託された憲法審議において、衆議院、貴族院いくつかの修正(憲法第9条第2項冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を追加するなど)が加えられたにもかかわらず、前文の"We"は日本文で訳されることはなかった。私には翻訳者達が「押し付けられた憲法」である、改正するときは必ず「私逹はと挿入せよ」、「それを理由に憲法を改正せよ」というメッセージに思える。

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